「世の中に立って活動せんとする人は、資本をつくるよりも 
まずもって信用の厚い人たるべくこころがけることが肝要である」
        
『経済と道徳』渋沢栄一

 秋の「すすき」で有名な神奈川の景勝地、箱根「仙石原」

 現在では別荘や宿泊施設が立ち並び、ゴルフ場が運営され、有数のリゾート地となっています。

私も仙石原へよく温泉に入りに行っていますよ。

 静養や娯楽の為、首都圏からも多くの人が訪れる仙石原ですが、地域の開発にあの「渋沢栄一」が深く関わっています。

 2021年の大河ドラマの主人公、2024年の新1万円札の顔となり、話題の人物となったのはご存じの通りです。

 また、明治から昭和初期にかけて500の企業設立に携わり、「日本の資本主義の父」と呼ばれるようになりました。

 500の企業の中に、仙石原で立ち上げた企業があるのです。

「牧場」と「温泉供給会社」だ。

 牧場設立の目的は、羊を飼い毛織物の生産を増やして、当時の日本の輸入超過による財政圧迫を改善することでした。

盟友の「益田孝」(三井物産初代社長)と共同で設立しました。

 明治13年に営業を開始しましたが、仙石原の自然・生態系環境の厳しさや交通基盤の未整備もあり、25年程で廃業しています。

 事業は上手くいきませんでしたが、渋沢はそのまま土地を所有し続けます。

「挫けても挫けてもたゆまず築き上げてゆく
その決心と誠実こそは 仕事の上で大事なことである」

『小説渋沢栄一』

 次に、昭和5年に「箱根温泉供給株式会社」を設立します。
 
 現在、仙石原や強羅地区に「大涌谷」で造成された温泉を供給している会社です。

「温泉供給会社」は特に、自然湧出泉がない仙石原にとって貴重な存在だ。

 最初の牧場の営業から始まり、約50年経って「温泉供給会社」を設立しています。

 牧場の廃業後も、広大な土地を所有し、諦めずに仙石原に関わり続けることで、「温泉開発」の機会を得たわけです。
参考『箱根の開発と渋沢栄一』武田尚子

会社設立時、渋沢は御年90歳、翌年の昭和6年に亡くなっています。

「いかに数字と縁を切っても、人間は死ぬまでは国民としての辞表を出さぬものであって、生存する限りは社会事業に務めねばならぬ」

『経済と道徳』渋沢栄一

 渋沢は76歳で実業界を引退していますが、社会公共事業は継続しています。
 
 また、この年に名著『論語と算盤』を書いているのです。

 渋沢の生き方の根底には、常に中国の古典である「論語」の教えがありました。

渋沢の人生と不朽の名著を1冊に

 今回ご紹介するのが、『図解 渋沢栄一と論語と算盤』(フォレスト出版)です。

 著者は明治大学文学部教授の齋藤孝さん。

 斎藤教授は、「まえがき」で栄一が今の日本の現状を見たら、憤慨するだろうと述べています。

現状というのは「一部企業の利益独占」と「貧富の格差」

 齋藤教授は、渋沢が生涯貫いた「皆に利のある」社会を皆が願えば、”日本の未来はもっと良くなる”という希望を込めて、本書を書かれました。

 本は200ページ弱で、3部構成となっています。

  1. 渋沢栄一の人生
  2. 『論語と算盤』の教え
  3. 渋沢栄一の関連人物

 また、著者はまえがきで「古典」に対するイメージの懸念を述べています。
   
 「古典」は現代人が読むと、どうしても内容が「抽象的」「当たり前」「説教臭い」と捉えられがちになることです。

時代背景も違いますし、内容があまりピンと来ないことがありますね。

 その為、本書では『論語と算盤』の内容を具体的にイメージしやすいよう、まず渋沢の激動の人生を見ていきます。 

 人生を知ったうえで、第2章の『論語と算盤』の言葉を読むと、スッと頭に入りやすくなるわけです。

さらに読みやすくする為、図やイラストが、随所に入っています。

 第3章では、渋沢に関連する人物10人が出てきます。
 
 渋沢が実際に関わった人物と、関わっていないけど『論語と算盤』で渋沢が触れている人物が出てきます。

「徳川家康」「豊臣秀吉」への評価を述べている点は、面白いです。

 具体的な人物との実際のやりとりや、会話を見ていくことでも、『論語と算盤』の内容を嚙み砕いていくことができます。

 最後に、本書にも出てくる渋沢が晩年語った言葉です。

「実業界に入ったと言っても、財産を蓄積することが目的でなく、新しく事業を起こすということが私の主意であったのである」

『渋沢栄一自叙伝』

「お金というものは、仕事の残りかすみたいなものだ」